舞台感想『口紅』 

舞台口紅 11/12 13:00~
気分が悪い。等しくみんな駄目で、憎くて、正しくない。だからせめて自分の正しさは持って生きているのに、それは誰にでも通用するものでもない。
でもそれが人間だよなと嫌でも感じさせてくれる、いい舞台でした。
あと今回は深読みが過ぎているのであんまり真に受けないでほしい。


あらすじ(HPより)

とあるスイミングクラブの日常。舞台はインストラクターたちが集うスタッフ専用の2階控室。下には小学生の生徒たちが泳ぐプールが見下ろせる。4人のインストラクター、中島保(石田隼)、春日雄介(瀬尾卓也)、下平春道(村田恒)、紅一点の江上早苗(青野楓)。スイミングクラブを経営する金子和人(酒向芳)と新しく配属されたマネージャーの阿部聖子(ふじわらみほ)。中嶋と中学の時の同級生で、現在息子をこのクラブに通わせている前田珠里(長谷川るみ)。高校教師だった春日の元教え子で女子高生の関口志保(緒方もも)。 何気ない日常を過ごしている8人の人たち。少なからず吹いていた闇の風が、ある出来事をきっかけに大きく吹き始める。「日常の中の凶器」を武器にし始めることが「死」というものを呼び寄せ始める。笑ったり、嘆いたり、なすり付けたり、踏み込まれたり・・・。 牧田明宏脚本による8人の絡み。和田憲明演出による8人の縺れ。普通に過ごしている普通の人たちが織り成す人間模様は、ご観劇いただくお客様のすぐ隣にもあることかもしれません。

 

今回パンフレットがない分、座席に口紅と出演者の紹介のあるフライヤー?がありそちらで演出の和田さんの文章載っていました。なんでもない紹介にもとれるんだけど、この物語の核を表しているようでとても好きです。できればこっちもHPに載せてほしかった…

(中略)ではなぜ『口紅』なのか?実はいまだに謎なのです。ただ私は間違いなく、この芝居の題名は『口紅』であるべきだ。そう思って創っています。

 

びっくりするぐらいみんなが帰ってきたあとに鬱状態だったり、二度と見たくないとか、人と話したくない…とか言っていたので期待値がとても高まっていたのですが、本当に裏切られなかった。あの場の空気に窒息するような苦しさ。口紅は本当に作品としての良さと気分が悪くなる部分が表裏一体なので貶すような言葉がつい出てくるんですが全部に「(褒めてる)」が付いていると思って読んでください。本当にどんな頭してたらこんな作品作れるんだよ。

 

正直えげつない情報量の会話劇だった。私たちもこんなに普段から話していたっけ?と思うくらいの言葉、言葉、言葉。しかもリアル。居心地のいい間から、どうしようもない沈黙まで。
なんなら冒頭のほうに2つの会話が同時進行に行われている。私はその会話をできるだけ聞き逃さないように頑張ったのですが、そんなに注意深く聞かなくても分かる情報があると思った。その場面は前田と中嶋、江上と春日の会話なのですが、江上が遠まわしに前田を馬鹿にしているように感じた。会話を聞かなくとも、もちろん会話自体ちゃんと書かれているとは思うのですが、何より伝わってくるのが言葉でなく「誰が誰をどう見ているか」という雰囲気。目の前にいる人間を伝わらないと思いながら馬鹿にしている。それが伝わってくる。

ゾッとしたのはこの「伝わってくる感覚」で、私たちも普段ああいうふうに普通に話しながらどんなふうに相手を見ているかってバレバレなのかもしれない。本人に伝わらなくても第三者は分かってるのかもしれない。

この長谷川るみさん演じる前田珠里。どっかで見たことある顔だ…と思ったら『ガールズトーク〜十人のシスターたち〜』の北斗じゃないですか…しかも調べたら元アイドリング!!!の方なんですね…びっくりした…
話はそれましたが前田、本当に良かった。昔やんちゃしていたという少しの名残や、空気を無意識にわざと読まない感じ。そういう人間に逆らえない人はいるが、前田自身はそれに気づけない。だからどんなに遠回りに控室から出て行ってくださいと言っても前田は鈍感で傲慢なので出ていかない。

村田恒さん演じる下平春道。(村田さんって猫ひたの人なんだね!)ブーメランの水着で登場してブーメランの水着で基本いるから最初びっくりしたけどだんだん慣れました。でも着たほうがよくない? 

下平は友人から気持ち良い人間だと言われる人なんだろうなと思った。相性の悪い人間にとっては居心地が悪いけど。はっきりしているけど立派じゃないし、立派じゃないことに正直だ。二日酔いしたから担当代わって、というのも微妙な状況なのにプールの清掃があるから帰れないことをあんなにも素直に怒れることにびっくりした。たぶん仲のいい友人なら「じゃあ今度は俺が二日酔いしたら頼むな」で済むことでも、同じ価値観でない人間を責めるからどうしようもない。だから下平のそういうところを責める人もいる。今回はそれが中嶋だった。

中嶋がいきなり下平にキレたとき、中嶋はたぶん江上さんのことが好きなんじゃないかなと感じた。だから得意でないけんかを仕掛けてしまったのではないかな、とも。まあこれは答えが出てないので確かめようがないけど。

下平を見ていると人間って本当にじゃんけんみたいなものだなというのを一番感じた。阿部(マネージャー)に言い方考えたほうがいいですよ、と言えるのは下平しかいない。でも違う場面ではしっかりと中島に怒られている。どこであろうと最強な人はいない。
そして下平の中学?の同級生であるイイヅカさんなんですけど、このエピソードが絶妙…
この舞台では控室にいない登場人物だけでなく、登場人物8人に含まれない人間も言葉のみで出てきます。イイヅカさんはテレビで話題になっている、国境なき医師団の1人だった。私たちが芸能人の話を学校でするのと同じで、会ったことない人をまるで友人かのように口々に話題にする。すごくいいんだよな〜外の世界に広がっている感じがするのにあの控室はどこまでも閉鎖的な空気が充満している。

 

私たち観客はもはや控室の亡霊と呼ぶに相応しいレベルで誰が不在でも誰が1人でもあの控室しか見せてくれない。窓の奥に広がっているであろう1階にあるプールは見えない。そこで前田の息子、カズキが事故に遭う、そのときに前田の叫び「だってカズキはもっと頭が大きいんですよ!」が悲痛で、苦しかった。息子の事故を真正面から向き合えず、どうでもいいことを願うように叫ぶのが痛々しい。どんな頭してるならこんな脚本書けるんだよ…

そうして前田は1つ1つなぜ、を問いかけにまたこの控室に戻ってきます。なぜ息子は死んだんですか。こういうのはよくあることなんですか。それに答えは返ってこない。というか人生ではっきりとした原因がある出来事のほうが少なくのに、前田は納得をしたいからずっと問いかける。でも誰も前田を納得させることはできない。納得できる事実がないことを前田に伝えるのはあまりにも酷だから、みんな黙ってゆく。

口紅は他にも人が死ぬ。ひとりは春日の元教え子の関口。彼女はたぶん自殺だ。それが描かれている場面はないけど春日が電話をしている会話だけで、ああ死んだのか、と納得させられる。その予兆ははっきりあった。
この舞台が終わったあと外で伏線について話している方がいて、関口が最後に春日に「さようなら」と言ったときに死ぬんだと分かったんだよー!あれは分かりやすいよなー!普通にさようならなんて言わねえもん!と語っているのを聞いた。確かにあの「さようなら」は印象的だったし、私もあの時にこの子は自殺するだろうと分かった。関口は意図して「さようなら」と言ったんだと思う。
でも「さようなら」と現実に言われたとしたら気付かないだろうなと思った。これは物語だから伏線がある。じゃあそれが現実だったら?現実に死のうとして、さようならを選んで、その人間が死ぬことを予測できるかと言われたら自信が無い、というか見落とすと思う。春日は関口の様々を見落としているけれどそれを責められるほど、私だって現実の伏線にきっと気が付くことはできないと思う。そうやって考えたら現実のほうがずっと、たくさんの伏線ばかりの世界だ。

イイヅカさんが海外で地雷を踏んで死んだ報道があったあと、下平はこの物語でイイヅカに一番近い人物なのに遠い世界の出来事のように笑うし、春日はまるで近しい友人のようにそれを責める。残酷だけど中学の友人というだけでは泣けないし悲しい感情にすらなれない。でも悲しむ態度が求められるし、下平は正直だからそんな態度をしない。春日は春日でずっと正しくいようとするけど、その正しさで関口も死んでいった。でも関口の死は別に春日のせいじゃない。でも関口は死んでいった。

前田はプールの運営側を責めるんだけど、対応するマネージャーの阿部さんは見ていてしんどかった。この物語の中で一番私自身と相性が悪そうな人間にカテゴライズしたし、一番「いそう」と感じた。
下平に言い方があるでしょう?って言われてもきっと聞けない、気付かない。だから他人は呆れて愛想をつかせるんだよな。なんで私だったんだろう、私が悪いみたいじゃないですか。そうだよ、そうじゃないよ。両方言える。でも彼女の答えは1つで、ただそれを伝えるほど好きでもないし優しくもないから誰も何も言わない。呆れて周りが去ることは当人は可哀想だけど仕方がない。誰も他人のために生きれない。
何がしんどいって阿部さんは間違ってるけど正論言うんだよ。それ以外全部間違ってるのに言ってることは正論なんだよ………そういう人間と議論するのは疲れるから手のつけようがない…

 

あの場には仕事つながりとか学校の関係者とか、自ら望んで構成された人間じゃないことがよく出来すぎている…好きで一緒にいるわけでもないし、好きで一緒にいたい人間も相手はそう思ってなかったり。そんなこと言っている場合じゃない、そんなことを言いたいわけじゃない。伝えたい相手以外にはみんな意図が伝わっているのに当の本人が分かっていない気持ち悪さ。

ごった煮すぎてある意味で影の薄なってしまってる阿部さんの上司、金子は逃げる大人で、周りから当然に陰口を言われる。心の中で誰かのお父さんなんだろうなと思った。家では立派なお父さんなんだろうな、きっとこんな姿を知らないんだろうな、と物語に1つも出てこない息子娘を考えてしまった。この舞台ではもう一つの顔みたいなものが出てこない人間なのに、そういう背景がなんとなく想像できた。

この舞台の登場人物は丁寧に説明されたわけではないのにちゃんと各々が過去を持った人間だった。思ってたことなんか簡単に変わっていくし、今しか生きれないのに過去がある。ちゃんと過去は納得したり忘れたりしながら生きてる。でもそういう、今自分が持っている考えを、反射的な態度で求められるしんどさがえげつない。あとから考えて後悔したり、なんであのときああ言ってしまったのかって誰もが持つ感情なのにそんなのみんな知らないじゃないですか。「その場でどんな態度で、なんて言ったか」だけが評価になるわけじゃん。なんとも思ってないことでも面白くないことでも、何かしらのリアクションをしなきゃいけない日常のしんどさを嫌でも思い出す。本当に勘弁してほしい。そんな正しく毎日生きれないよ。

 

ずぶずぶと足元から沈んでいきそうな恐怖の中、やっとラストシーンにゆく。
ラストは多少予想がついたし、ついたからこそ待ってた。気持ちよくなりたかった。その予想とは手首を切った中嶋のクラスメイトは前田にいじめられて自殺したんだろうなということ。そして前田の息子はいじめられていて、因果応報だと中嶋に責めてほしかった。
後者は外れていた。いじめっ子でも、いじめられっ子でもなかった。もちろん言及がないだけで、そうだったのかもしれない。
そしてもうひとつ違っていた。中嶋は「俺は見てただけだけど」「あの時泣けなかったのに…」と言った。その場ではするするとこの言葉はすり抜けていったが、帰って感想を書きながらびっくりするほど私は中嶋に怒っていた。
いっそいじめられていたのが中嶋なら違ったかもしれない。全然、全然気持ちよくなかった。むしろもっと居心地が悪くなった。ぶん殴っておまえも殺した1人だと言ってやりたい。あのときは泣けなかった、なんて当然に興味がなかったんじゃないの?自分だって何も行動を起こしてないじゃないか。もちろんアイザワさんと特別親しかったのかもしれない。けど自分の悪さに気付けない気分の悪さ。しかも息子とアイザワさんの死は関係ない。もちろん責めたくなる気持ちは分かるけど息子を亡くした母親にいう言葉か?中嶋は最後までずっと中学の時間だった。息子の死には言及しないんだね。


まあ~~~この微妙な予想との違いがまあ最悪でした。最悪だけど作品として納得した。
前田が何を思ってクラス会に呼んでと笑ったのかわからない、彼女にとって償いもできないくらいの過去になってしまったのかな。
本当に、自殺に犯人なんか存在しない。関口もアイザワさんも阿部の友人も、誰のせいにもできない。

 

ラストシーンは中嶋がサンドウィッチをひたすらに食べるだけのシーンだった。感想ツイート漁るとみんながいろいろ考えてて、私は特に深く考えずに見ていたのですけど、あとになって食べるって生きるのに一番近い行為だなと、中嶋は生きてく人間なんだよなとふと思いました。

 

 

 

 

 

 

よくできてるな~と思ったのはいくつもあったんだけど、1つは1人でいる時間。何もしない人、歌を歌う人、1人しりとり。ぞっとするような、きっとすぐに忘れる時間とそれを描く丁寧さ。

また二三度同じことを聞いたり言ったりする。自分にとっては初めてでも何度も同じことを聞かれたらたまらない。でも聞いた側は1回だからその罪悪に気づかない。

そして今起こった面白い話を笑いながら、さっきねって話すやつが非常に私の痛いところを突かれました。面白い出来事ってその場があるから面白いだけで後で話すときには1ミリも面白くない。

 

赤坂RED/THEATERは朝彦と夜彦ぶりなんだけど、もうあの場所が凄まじく両方ぴったりですね…特に今回は口紅で赤の連想できることも、地下で電波の届かない暗い空間なのも作品にぴったりでした。見終えて地上に戻るために階段を上がるときにやっと空気が変わる感じが心地よかった。この劇場では暗い演劇が見たい。
と思ってたけど石田くんまたあそこで舞台やるの?!2~3年ぐらい置いてやれよ苦しいよ!!!!!!!いや舞台で苦しむのは正しいと思うけど苦しいよ!次の作品も苦しいとも限らないけども!!!!!!!!

 

劇場に入って美術を見たとき、謎の既視感があり、なんでだろ〜と思ったけど演出が「回転する夜」と同じ和田さんでいろんなことに納得した。窓の向こうの空間が回転〜のときもあって外への広がりを感じたり、あの作り込まれた細かい美術等がすごく素敵でした…!
そして会話の間の心地よさや作り込まれた気持ち悪さが回転〜のときもあったので、口紅はそりゃ恐ろしいわけだよ…回転~は外の空間にいけないところから出てゆくストーリーだから救いあるけど口紅は外と干渉しながらあの場で生きてゆく物語だから…苦しいわけだ…………

 

 


口紅のタイトルについて考察読むのすごく好きなのですが、結局和田さんの言葉通りなぜかはずっと分からなくて、でも「口紅」じゃなくちゃいけないんですよね。唇でも化粧でもマスカラでもダメで、口紅。
そんなとき偶然マッチの「愚か者」の歌詞を読んでたんだけど、このワンフレーズがびっくりするほどしっくりきたから私の口紅の考察はこれです。

ルージュを引けば 偽りだけが いつも真実 それが人生

 


これだけ長くいろいろ書きながらなんとなく江上さんに触れられないところがあった。登場人物が死んだ女子高生の関口以外、人の駄目なことろを凝縮したようなキャラクターなんですけどそれと同じような感覚では江上さんに触れられなかった。江上さんはそういう駄目なところってどこだったのだろう。
と、うんうん数日ぐらい考えてやっと気付いたのだけどさ、もしかしてさ、江上さんも関口同様に自殺に向かうんですか?
そうでないと思いつつ、彼女は恋人との電話で「結婚」の言葉は出てなかった。あの電話の内容は間違いなく結婚か、別れの二択だった。もしあの電話が別れのほうだったら。そして私は中嶋は江上のことを好きだと思っていた。もしかしてアイザワさんも中学生のとき中嶋が好きだった人なんじゃないか?そしてその時と同様に江上も?

 

冒頭に書いた深読みは以上です。あそこに生きてたら江上の死を止められような人間でいたいけど、きっと無理なんだろう。後悔は誰もがするのに、後悔は人に伝わらない。苦しい舞台でした。